優しい言葉でShopifyのテーマ解説を一冊に紡ぎだす。「短い賞味期限」を可能なかぎり長くするために〜 non-standard world株式会社 川島さやか #State-Of-Commerce Vol.10

「State of Commerce」は、Eコマース運営の影の主役である、EC制作やアプリ開発、物流や在庫管理、集客などの現場を通じて、顧客や市場へ価値をつくりだしているスペシャリストの方々に焦点を当てるインタビューシリーズです。現場の最前線が肌で感じていることを自らの言葉で語って頂くことで、Eコマースの現在の輪郭を少しでも捉えることができればと考えています。 (インタビュー一覧はこちらから)

記念すべき第10回目は、『Hello Shopify Themes Shopifyテーマ開発ガイド』を上梓された、non-standard world株式会社(ノンスタ)」で、フロントエンドエンジニアを務められている川島さやかさんにお話をうかがいました。今回は、書籍執筆の経緯と、川島さんから見た Shopify の世界について語っていただきました。

※インタビューは(書籍刊行前の)2022年3月に行われました


趣味の小説から、WEBの世界へ

ーー この度は書籍『Hello Shopify Themes Shopifyテーマ開発ガイド』の刊行、おめでとうございます!Shopify 界隈の方々には待望の一冊ではないでしょうか。さっそく書籍の内容を深掘りしていきたいのですが、その前に、ぜひ川島さんの経歴からおうかがいできればと思います。

あ、先に私の個人的な話をさせていただくと、今から約2年前、Shopify をはじめようとしたときに、川島さんの Liquid の構造解説のブログにお世話になりまして。一方的に存じ上げておりました。それまでずっと英語のドキュメントを読んでいたんですが、日本語で丁寧に整理されている記事に出会えて、とても理解がしやすかったです。その節は本当にありがとうございました。やっとお礼が言えました。

参考リンク

 

川島:ブログをご覧いただき、こちらこそありがとうございました。

 

2019年はまだ日本語での Shopify の解説記事はほとんどなかったので、英語で調べながら書いていたんです。私も断片的な海外の記事ばかりで苦戦した経験があるので、体系立てて日本語で説明しよう、という意図でブログを書くようになりました。

『Hello Shopify Themes Shopifyテーマ開発ガイド』著者  川島さやか

立教大学文学部(文芸・思想専修)卒業後、Web業界での勤務を経て、2017年より non-standard world, Inc. のフロントエンドエンジニア。オリジナルの Shopify テーマ構築を多く手がけ、Shopify Japan 公式のTwitch番組などに複数回登壇。言葉のものづくりを愛し、休日は書店を巡ることが多い。個人でも小説を執筆している。バックパッカー式の一人旅が趣味。

 

ーー そのおかげで日本の Liquid 初心者がどれだけ救われたか! ちなみに川島さんはご入社時の記事もありますが、改めてどういう経緯でノンスタさんに入られたのか教えてください。

川島:私はもともと理系ではなく、大学は文学部だったんです。卒業制作で小説を書き上げたりと文学が身近な存在だったので、最初は出版社を就職先に考えていたのですが残念ながら縁がなくて。趣味で自作小説をWEBサイトを作って公開していたので、「WEBなら自分で作れるぞ」と方向転換したんです。それで新卒からWEB業界に入りました。

 

WEB制作を希望していたものの、なかなか希望どおりとはいかず、紆余曲折のすえにノンスタにたどりつきました。たまたま代表の高崎健司がサイト制作をしていたクルミド出版さんが Twitter でノンスタの採用情報を流していたので、それに飛びついたかたちです。

ーー クルミド出版さん、存じております! 実は若いころに国分寺に住んでいた縁でプライベートでクルミドコーヒーファンドのオーナーだったりもしております。そんなつながりがあったんですね。

川島:ノンスタがある西荻窪は好きなまちでしたし、当時から変わらない採用にあたって大事にしている方針も魅力的でした。採用のページが丁寧に作られていて、そういうところが一般的なWEB制作会社とは少し違う気がして、一度話を聞いてみたいな、と思って面接に行きました。

ーー当時は高崎さんと佐藤昭太さんのお二人がメイン、という感じでしょうか。

川島:そうですね。私が正社員1人目になります。2017年ですね。

 

ノンスタに入社したころは WordPress でWEB制作をしていて、徐々に Shopify にシフトしていって、今に至ります。

ーー 小説書きからWEB制作という経歴も、とても面白いですね。

 

取材はノンスタさんのギャラリールームで行いました

仲間に背中を押され、卒業前に初の書籍刊行

ーー 2019年は日本語のテキストがほぼ存在しなかった Shopify ですが、コロナ禍で急激に EC に注目があつまり、Shopify もたいへんな脚光をあびるようになりました。1~2年経って日本語のコンテンツも激増して、以前に比べれば情報が充実してきたのかな、と思います。今改めて、Shopify の情報を書籍にまとめられる意図は何かあるのでしょうか。

川島:実は私、フリーランスとして独立する予定なんです。今年で32歳になるのですが、30代前半のうちに大きなことに挑戦してみたいなって思っていて。フリーでやってみたらどうなるんだろう、という興味に突き動かされて、決めました。

  

このことは、去年の今頃、会社に相談したんです。そのときに「今後の名刺がわりに、これまでのブログをここで一冊にまとめてみては?」と背中を押してもらい、書籍を作ることになりました。

ーー そうなんですか!!独立されるんですね、びっくりしました。

ちなみにですが、今回の書籍は、ノンスタさんのプライベートレーベルから出されるんですよね。

川島:はい、そのとおりです。

 

書籍のスタート地点になったブログですが、ここに至るまでに読者のみなさんから「きれいにまとまっていて読みやすかったです」といった肯定的な感想を多数お寄せいただきました。エンジニアではありますが、文章を作ることも長く続けてきたので、いただいた言葉の一つひとつにとても勇気づけられました。

 

この本は、「2019年当時にこういう日本語の書籍があったら良かったな……」と思いながら、テーマ開発について体系的にまとめて一冊にしています。テーマ開発をこれから始められる方に伴走できるような本を、Shopifyコミュニティへの貢献を兼ねて作ってみよう、という意図で書いています。

 

そして、ノンスタはこれまでたくさんのブランドさんを支援してきていますが、サポートする私たちこそ企画から生産、お届けまでをセルフプロデュースしてみようということで、自分たちのレーベルから出すことにしました。

ーー なるほど。自社ですべてを行うのはきっとたいへんだとお察しします。でもだからこそ、今回の書籍化プロジェクトはある意味で「ノンスタの川島さん」としての集大成なのかなとも思いました。

川島:ああ、本当に、そうかもしれません。

動きが速い Shopify では、情報はすぐに賞味期限切れになる

ーー 出版に向けては、クラウドファンディングを利用されていました。

川島:はい、2021年の春にクラウドファンディングを始めて、多くの方に知っていただきました。

 

ただ蓋を開けてみたら執筆は波乱続きで……。ちょうど書籍用に企画をまとめていたときに、Shopify の Online Store 2.0(OS 2.0) が発表されました。いや、されてしまいました(笑)。テーマ周りもずいぶんと様子が変わってしまったので、「全部やり直ししなきゃ!」と一部の原稿を全部ボツにするなど、バタバタしてしまいましたね。

ーーShopify の無料テーマ、Dawn の OS 2.0 対応は 2021年9月ごろと、少し間が開きましたよね。

川島:そうですね。開発者向けには OS 2.0 発表と同時に門戸が開かれていたので、調べながら原稿を作り上げていきました。Dawn はすぐ仕様がアップデートされるので、時間の経過に耐えうる内容に落とし込むのにとても苦労しました。

 

特に、2022年1月下旬のVer. 3.0 のアップデートはちょうど入稿直前だったので焦りました(笑)。さすがに丸々ひとつのセクションを書き直しはできなかったので、手にとってくださる方が迷わないように「3.0 で追加されたこちらのコンポーネントで作ってみてくださいね」と一文書き込むことでフォローさせていただいております。

ーー げに恐ろしきは入稿直前のヴァージョンアップですね……。確かに 1.0 と 3.0 ではもはや別物といっても過言ではないくらい変わっていました。

川島:Shopify の技術書があまり出てこないのは、こういうところに原因があると思っています。たとえ書籍を出せたとしても、アップデートの速さから1~2年で賞味期限が来てしまう。 プラットフォームとしては本当に素晴らしいことなのですが、情報を常に最新版に書き換えていく難易度が高いです。

 

思い返すと、以前英語の文献を探していたときも「一冊にまとまっている技術書」を見つけ出すのがとても難しかったので、今回の書籍はこの点を意識して制作しています。できるだけ根本的な文法やファイルの構造など、今後も大きい変化がない部分を中心に据えて記述し、ドキュメントの探し方や読み方などの「アップデートされても知識としての価値が変わらない事柄」を可能なかぎり入れ込むようにしました。

ーー 長くリーダブルでありつづけるための工夫とご苦労を感じます。なお、目指した方向性としては、これから Shopify に関わるであろうエンジニアさんやデザイナーさんが困ったときに振り返りができるような技術書、というイメージで合ってますでしょうか。

川島:そうですね。初心者から中級者の方に特に読んでいただけたら、と思っています。

  

私自身も、これまでにオリジナルテーマをいくつか制作してきました。その経験から、シンプルなカスタマイズに留まらず、マーチャントさんと話し合いながらオリジナルテーマを構築するようなエンジニアの方にもご参考いただける内容に仕上がったかな、と思っています。

ーー 私はそこまで技術者側の人間ではないので恐縮ですが、既存テーマをカスタマイズするか、あるいはオリジナルテーマにするかの判断の分かれ目がむずかしくて…。純粋なオリジナルテーマってそれほど見かけない気がしているんですけれど、実際はどうなのでしょうか。

川島:そうですね、オリジナルテーマはそれぞれのストアの目的や仕様によるところが大きいです。商品数が多かったり、従来のサイトの機能をそのまま継承して移転したい、という場合は、設定が煩雑になってしまい、既存テーマのカスタマイズだけだと難しいところが出てきます。

 

一方、構成がシンプルで大きな技術的課題がなく、デザインや表現をしっかりこだわりたいという場合は、制作やサポートが比較的少人数のチームだったとしても、知識さえあればどちらでも作り上げることができると思います。

ーー 今回の書籍はテーマストアに公開する意味での「テーマ開発」ではなく、各マーチャントのストア内だけで使用するオリジナルテーマを対象にしている、という理解です。

川島:はい、本書はマーチャントさんと作るオリジナルテーマの話です。テーマストアに公開するようなパブリックテーマの場合は Shopify の定める厳しい条件をクリアしないといけませんので。

 

パブリックなオリジナルテーマを作ろうとすると……確保すべき人員も期間も、かなり大規模な話になってしまいますね。このあたりは私も未経験なので、本書では一応内容に触れてはいますが、方法を解説するに留めています。

ーー 私もテーマストア掲載の条件はなんとなく存じ上げていますが、かなりタフですよね…。

とはいえ、作るのはエンジニアや制作会社だったとしても、最終的に運営するのはマーチャントさんなので、アプリとテーマが合わないとか、そういったな不具合があるとどうしてもエンドユーザーである各店舗さんにしわ寄せが行ってしまいますし。そのしわ寄せを最小化しないことには、Shopify のメリットを感じてもらいにくく、消費者にいい体験を届けることもできない。だから基準が厳しくなるのはある程度仕方ないのかなと思います。

川島:おっしゃるとおりですね。弊社では公開アプリ開発は行っていないのですが、マーチャントさんがアプリを導入するか否かの審査を行うことがよくあるんです。その時、アプリとテーマの相性とか、上手く動くのかとか、注意深く気にしながら進めます。

 

気をつけていただきたいポイントも随所に挟んであるので、色んなところにある落とし穴を回避できるお手伝いが本書でできると良いな、と考えています。

 

テーマを心地よく解説する「優しい技術書」

ーー ちょっと雑談ぽくなっちゃうのですが、文学部のご出身である川島さんが技術書・ビジネス書を書かれている。そんな不思議なバランスが面白いなあと思いました。

私事でたいへん恐縮なのですが、私も文学部出身でビジネス書を出したことがありまして、いつも書きながら自分が自分じゃないような思いでやってたので、川島さんはどうだったのかなと。

川島:ああ、おっしゃりたいことはわかります。執筆期間中はプライベートでは小説を書き、仕事では技術書を書き、頭の全然違うところを使い続けていました。ジャンルは違いますけど、日本語として読んでてわかりやすいかとか、心地いいかとかは、そのあたりは共通して意識しながら書いていましたね。

ーー ここまでのお話や文章から、川島さんの優しいパーソナリティを感じているのですが、本書も隅々までそのエッセンスが行き渡っているんだろうなあ、という印象です。

川島:ありがとうございます。なるべく、書けるものはすべて書きました。でもページ数の都合などもあるので、余すところなく全部、は無理でしたけれど。

ーー 表紙のイメージもすごく優しいというか、易しそうな感じもあってとても素敵ですね。

川島:装丁は安田悠さんにお願いしました。技術書だけど、ノンスタの真新しい雰囲気というか、アートな雰囲気を取り入れることで、一般的な技術書とは一線を画した佇まいに仕上がったと思います。

実際の書影

ーー この表紙のデザインによって、文学性とビジネスが絶妙なバランスで架橋されていると思います。

川島:ありがとうございます。ブログを発信していたころから、「言い回しが優しくて理解しやすかった」と言われることも多かったので、書いて投げっぱなしにはせず、温かい気持ちで読んでいただける一冊を目指しました。

 

私自身、テーマを理解できてから一気に Shopify の開発が楽しくなったので、「こうしたらきっとやりやすくなるし楽しくなるよ!」というメッセージを読者の方に届けることができたらうれしいですね。

ーー文学的なバックグラウンドから紡がれるテーマの技術書、多くの人に寄り添ってくれる一冊になっていくと確信しております。今日は貴重なお話ありがとうございました!


編集後記

今回のインタビューは、以前に佐藤さんとお話しして以来、2度目のノンスタさんオフィス探訪でした。(今回もオシャレでした…!)

Shopify はものすごいスピードでアップデートを繰り返しており、そのダイナミズムに開発や運営を合わせていくのは並大抵のことではありません。だからこそ、一つひとつの機能を「自分たち、お客さんたちにとって必要なのかどうか」を解釈するために、体系的な知識と、判断するための知恵が必要なのだと思います。

お話しをお聞きして、川島さんの書籍は、きっとその一助となってくれるはずだと思いました。

冒頭でも挙げていますが、以前に書かれたブログ記事に感銘を受けて一度お話ししてみたいと思っていた川島さんの、記事や書籍からにじみ出る丁寧さそのままのお人柄を、少しでもこのインタビューで再現できていたら幸いです。

 

参考リンク