商売の本質はシンプル。それに集中できるのが Shopify であり、ECの面白さ。〜 コマースメディア 井澤孝宏 #State-Of-Commerce Vol.6

「State of Commerce」は、Eコマース運営の影の主役である、EC制作やアプリ開発、物流や在庫管理、集客などの現場を通じて、顧客や市場へ価値をつくりだしているスペシャリストの方々に焦点を当てるインタビューシリーズです。現場の最前線が肌で感じていることを自らの言葉で語って頂くことで、Eコマースの現在の輪郭を少しでも捉えることができればと考えています。 (インタビュー一覧はこちらから)

第6回は、Shopify 界隈で知らない人はいない、コマースメディアの井澤さんにお話をお聞きしました! 井澤さんから見えるコマースの景色、Shopify 、ひいては商売そのものの魅力について時間をかけて語っていただいてます。

※インタビューは2021年12月に行われました


起業は「ここから先は自分で責任をとりたい」

ーー 今日はお時間いただきありがとうございます。すでに井澤さんは Shopify 界隈では知らない人はいないというくらいの知名度ですが、改めて今日はいろいろとお聞きできればと。

まず、井澤さんがなぜコマースメディアという会社を経営されているのか、なぜ Shopify なのか、そのあたりをぜひ知りたいなあと思っています。せっかくの機会なので、まずはこれまでのキャリアや、現在に至るまでの背景を教えてください。

井澤:ありがとうございます。改めましてコマースメディアの井澤です。

 

コマースメディアは現在6年目(※取材時時点)の、EC 運営を総合的にサポートする会社です。楽天やベンチャー企業を経て2016年に設立しました。最初は EC のコンサルティングからスタートして、現在は Shopify はもちろんのこと、自社で越境EC を始めたりと、EC にかんしては集客から運営まで何でもカバーしています。

コマースメディア 井澤孝宏

コマースメディア株式会社 代表取締役

Shopify エバンジェリスト。2011年楽天株式会社に入社。ECコンサルタントとして様々なジャンルのストアサポートを行う。その後ベンチャー企業にて EC事業の立ち上げから上場を経験後、2016年にコマースメディアを設立。2017年日本で3社目となる Shopify エキスパートに認定。Shopify およびモールを含めた、ECサイトのマーケティング・制作・運用・ロジスティクスのサポート及びコンサルティングを行う。自分たちでやってみることを信条とし、越境EC にも挑戦中。

ーー 新卒が楽天さん。最初からEコマースだったんですね。

井澤:そうですね。楽天に入ったのには理由がありまして、私の実家は千葉で農家をやっていたのですが、子どもの頃からだんだん周りの農家がなくなっていく、農地が宅地に変わっていく姿を見ながら育ちました。

 

それで、そういう流れをなんとか変えられないかなと思って、学生の頃は地域活性や農業振興の活動に力を注いでいました。ただ、ある時「生産だけだと価格決定権がないため、自分たちで販売までできないと成り立たない」ということに気づいてしまって。

 

なので、生産から販売までトータルで学べる会社がないかなと思って就職活動をしていたら、自然と楽天に行き着いた、という感じです。

ーー なるほど。学生の時点でものすごく考えられていますし、説得力がすごい!

井澤:楽天って面白くて、他のモールにはない「ノーブランドでも戦える市場がある」という特徴があるんです。

ーー あー、確かに! ナショナルブランドじゃなくても、有名な型番品番じゃなくても、楽天ならやり方次第で売ることができるイメージがあります。他のモールでは必ずしもそうじゃないと。

井澤:そうなんです。地方の活性化とか、今でいう D2C みたいなことをやるのには、ゼロから商品を作って、お客さんに知ってもらって、買ってもらう術(すべ)を知らないといけない。ノーブランドでも戦うにはどうすればいいか。それを学びたいと思って、楽天に入りました。

 

最初から「地方勤務希望です」って伝えて、京都に飛ばしてもらって(笑)。京都中を駆けずり回って農産物をはじめとする様々なものを扱わせてもらいました。

ーー 最初から軸がしっかりあるんですね。すごいなあ。

井澤:そのあと、東京のベンチャー企業から新事業の立ち上げメンバーとしてお声がけいただき、転職しました。もともと楽天には独立する意志を伝えて入社していたので、快く送り出してもらいました。独立する前提で雇ってもらえたので、振り返ってもいい会社だと思いますね。

 

転職先でも小売にかんするビジネスを一通りやらせてもらって、上場まで経験させてもらいました。当時はいろいろとたいへんだったんですけど、楽天含め、独立前にできることはぜんぶやって走りきったという感覚が、今の自分を作っていると思います。

ーー 独立したいという思いは最初からあったんですね。

井澤:ありました。もともと実家が自営業だったので、自分で事業をするという感覚が身近だったというのは影響していると思います。

 

あとは、やっぱりいろんな経営者の方やお取引先を見ていて「ここから先は自分でやりたいな。責任取りたいな」と思う瞬間が何度かあったんですよね。どこまでいっても誰かの商品だったり、誰かのお金だったりするので、それなら自分で。という。

Shopifyに「未来」を見た

ーー 独立してからは、最初におっしゃっていたECコンサルティングから始められたということですが、当時はまだShopify には取り組んでいらっしゃらないですよね。日本法人もできる前ですし。

井澤:そうです。制作というより、本当になんでもやってました。「やるべきことがたくさんあるけどどこから手を付けていいか分からない」というお客さまの優先順位付けをお手伝いしたり、「優先順位順にやっていたら伸びてきたので手が足らない」と言われてまたお手伝いしたり、「売れたあとのサポートはどうすれば」となってカスタマーサービスを立ち上げたりと、、、万事そんな感じで、徐々にお客さまの自社EC も作るようになりました。

 

いろんなカートシステムを触らせてもらいましたが、その中に一社だけ、私の友人の会社が Shopify を使っていまして。

 

実はそれまで、既存のカートシステムを使いながら、開発速度や使い勝手の面で「なかなか難しい」「やりたいことがやりにくい」という感じることが多く、それなら自分たちで作ろうかなと思っていました。そんなときに Shopify を見て、「これじゃん」と。軽く衝撃が走りました。

ーー 当時、その「これじゃん」と感じたポイントって、どのあたりだったんでしょう。

井澤:まず挙げられるのは SEO です。地味だと思われるかもしれませんが、Shopify って最新の SEO の知見がしっかり反映されているシステムでして、これは素晴らしいと。たとえば canonical(カノニカル)タグです。

ーー 油断すると商品ページがいっぱいできちゃう問題ですよね。。。その対処のためのカノニカルがデフォルトで対応できているのはすごいと。

井澤:他のカートでは莫大な工数をかけて改修しないといけない機能が、最初から入っている。「わかってるなー!」と思いました。商品ページだけじゃなく記事ページも対応していますし、WordPress でいうところの All in One SEO みたいな機能もありますし、URL を変更したときに勝手にリダイレクトしてくれる。

 

最初に触ったとき、これってつまり WordPress の使い勝手のまま、セキュアなカートが付いたってこと?と思いました。

ーー しかもサーバーを意識しないで済む。

井澤:そうですそうです。EC だと急なトラフィックをどうやって捌くかという問題が常につきまとうんですけど、WordPress と違って Shopify は自前でサーバーを用意する必要がないし、止まることがほぼないのでユーザーさんに不利益を起こさないで済みます。

 

考えれば考えるほど、これはすごいぞと。

ーー 私みたいに後から参入した身からすると、ある種当たり前にも見える機能が、当時では…

井澤:未来に見えました(笑)。

ーー それまで苦労されているからこそ、価値やすごさが分かる、ということですよね。

井澤:そうかもしれませんね。当時はまだ日本語対応もされていないから管理画面もぜんぶ英語で。日本のマーチャントからすると決してとっつきやすいとは言えないんですけど、我々はもうそんなこと一切関係なくて(笑)、英語で一生懸命問い合わせしてノウハウを貯めていき、マーチャントさんに「ぜったいに来るんで!」と言いながら導入をおすすめしていきました。

ーー 井澤さんは国内でも数少ない Shopify エバンジェリストのうちのお一人ですが、そうなる以前から伝道者的な活動をされていたんですね。

井澤:初期の頃から使わせてもらっていますし、我々は制作だけでなくストア運営、バックオフィス側のノウハウを含めて語れるというのは、エバンジェリストとしては期待されているかもしれません。

Shopify の良さを最大限享受するために

ーー ECサイトって、あくまで売るための手段の一つでしかないですもんね。日本のEC流通の7割がモールだと考えると、自社ストアはもちろんのこと、さまざまなチャネルを包括的に捉えて、受発注や在庫管理なども含めたロジスティクス全体をサポートする、というのがコマースメディアさんの立ち位置ということですね。

井澤:ありがとうございます。その流れでつけ加えるとすれば、Shopify は「販売」につなげる時間を作りやすいシステムだということは言えると思います。

 

やっぱり、コマースは売れてナンボです。売れないと意味がない。EC は本当に業務の幅が広いので、なるべく他の時間を圧縮して、売ることにフォーカスできる仕組みがほしい。その意味で、Shopify は本当にすぐれたシステムだと思います。

ーー 細かいところですが、例えば Google アナリティクスの拡張 Eコマースの設定とか、ほとんどワンクリックで終わりますもんね。

井澤:あれ、Shopify じゃなかったらたいへんです(笑)。あの設定にかかるコストや時間を、商品説明や集客に寄せることができるのは大きいです。

ーー 技術的にあれで完了だと思われたら困るという人もいるし、あれよりさらに細かい設定が必要なケースもある、という反論はあると思いますけど、計測できて、売上が把握できればそれでいいというマーチャントさんは多いと思います。要するに力のかけどころの問題ですよね。

井澤:はい、もちろん言いだせばキリがないんですが、Shopify が最初から実装しちゃっているものは、要件定義として無視ないしは優先順位を下げて、なるべくデフォルトの Shopify に近づけて使っていくことが、結果的に Shopify の良さを最も享受できるし、マーチャントさんにとっても使いやすい、という考え方でやっています。

 

高度な SEO の設定はよほどの大規模 ECサイトじゃなければ気にしなくていいし、速度も自分で準備するより最初から Shopify でじゅうぶんに速い。セキュリティも同じです。機能追加も、どんどんいいアプリが出ていますしね。

ーー マーチャントさんが伸びないと、あるいは使いやすくないと、我々も仕事をする甲斐がないですもんね。

商売は突き詰めるとシンプル

ーー 井澤さんの目から、少し先のコマースはどう見えているのかなというのが気になっていまして。雑な質問ですみませんが、その辺りの視点でご提供いただけるところがあればぜひ教えてください。

井澤:これまでお話ししてきた内容の延長になってしまいますが、ここから先はこれまで以上に「どう作る」から「どう伸ばす」かにシフトしていくと思います。

 

Shopify や Google がまさにそうですが、システム間はつながることが前提で作られていくので、垣根がどんどん曖昧になってきています。EC でいえば、国境もそうですね。

 

以前から自社 ECもモールも溢れてきています。人口や限界購買量が伸びないのであれば、それぞれの企業がこの環境下でどう攻略していくか?の争いになりますので、総合的な熟練度が求められてきます。

ーー コマースメディアさんが越境 EC を始められた理由もそこにあるということでしょうか。

井澤:越境 EC は、国内だけでしんどいタイミングがきたときに慌てないためにやっています。マーチャントさんによっては既に飽和しているジャンルもあります。そのときに多面的に商売を捉えてサポートできるかどうか、そこが問われてくるはずなので、経験を積んでおきたい。あと、単純に楽しいというのもあります(笑)。

ーー ものを売るのは楽しい。根っこの欲求にはシンプルに従うと。

井澤:シンプルというのは重要なキーワードですね。商売って突き詰めれば欲しい人と提供する人、その需給の話だし、ECって究極的にはモノを仕入れて売るだけですから、商売の本質そのものなんです。シンプルだから面白い。

ーー 商売の本質だから、なくならないですしね。

井澤:なくならないです。あ、今ので思い出しましたけど、最初の農業の話にも通じますが、私は「以前あったものが廃れたりなくなっていく」のがイヤなんですよね。

 

たとえば、Skype って、今の Slack とできることが大きくは変わらないと思うんです。確かに Slack は使いやすいし、いろんなサービスと繋がれる。でも、やっていることはチャットと電話です。以前と極端に変わったのかといわれると、そうは思いません。そのときに、私はどうしても Skype に思いを馳せちゃうんですよね。

 

EC は、たくさんのツールがあって、システムも売っているものも移り変わりがあります。でも、モノを売り買いするという行為としてはぜったいになくならない。

 

だから、そういう事業ドメインの合わせ方をしていけば、どんなに時代が移り変わろうとも、仕事はなくならないなと思っています。私は小売で生きていくということを決めてしまったので、あとはシンプルです。複雑にしているのは人なので。

ーー うおお、予期せず素敵な名言が…!

井澤:いやいや(笑)。なのでさっきも Shopify のメリットを享受するためにデフォルトを活かすみたいな話をしましたが、枝葉の細かいところは一旦置いておいて、幹の部分をしっかり育てる。目的のために手段があるので、そこを履き違えないようにブランドさんと伴走していきたいというのはありますね。

ーー 突き詰めていくと、シンプルになりますね。

井澤:話が少し逸れちゃうかもしれませんが、楽天時代に今でも憶えていることがあって。ある企画を先輩に見せにいったときに、あ、私は自信があるときは人に見せに行かないので、そのときは自信がなかったんですね。だから意見を聞きに行った。

 

そしたら開口一番、「お前これで売れんの!?」と(笑)。

 

「お前これで売れると思う? お前が売れると思うんだったら売れるよ」って言われたんですよね。それなんですよ、ECって。それがすべて。シンプル。

ーー あー(笑)。目に見えない熱量だったり想いっていうのは、巡り巡って数字にも現れてくるんだなと思います。根性論と混同されがちですけど、そうじゃない。

井澤:私はただ小売が好きなだけの人間です。先日鰻(ウナギ)を取り扱っていらっしゃる会社さんからお問い合わせがあって、おーこれはと思ってその会社さんの商品を取り寄せてみんなで食べたんですけど、美味しくて。

 

みんなでワイワイ食べながら、「これどうやって売ろうか?」「こういう打ち出しだったらどうか?」というのを話したい。こういうのが楽しいし、やり続けたいんですよ。

 

運用とかレジ打ちとか、集客とか物流とか、そういった小売にかかわっている人たちみんなが笑顔になるような、そんな仕事をしたいなと思いますし、EC はそれができる仕事だと思っています。

ーー いやー、今日は本当に素晴らしいお話が聞けてよかったです。ありがとうございました!


編集後記

このインタビューは井澤さんのこのツイートがきっかけで急遽実現しました。たくさんのメディアに出られている井澤さんに何を聞けばいいのだろう???と、特に想定質問も用意せずにコマースメディアさんのオフィスに伺いましたが、期せずして素敵な話(今回記事にしなかったエピソードも含めて!)をたくさんお聞きすることができ、「この企画最高だなー」と自画自賛しながら帰路についたことを覚えています。

写真の背景はほんの一部で、オフィスはまるで倉庫のように、たくさんの商品が陳列されていました。ECは普段は管理画面やエディタで完結する仕事ではなく、他の商売と同じように物理的にモノが運ばれて、誰かの手に届いて、体験が発生する、そんなある種の当たり前が肌感覚で理解できる、素敵な空間でした。

ECは市場としてますます活況になり、複雑化していくと思いますが、その複雑さに疲れたときに、この記事が何かのヒントになればと思います!

参考リンク