圧倒的な熱量がShopifyの魅力。延長保証で、ECの顧客体験を変えていく。  〜proteger 野尻航太 #State-Of-Commerce Vol.9

「State of Commerce」は、Eコマース運営の影の主役である、EC制作やアプリ開発、物流や在庫管理、集客などの現場を通じて、顧客や市場へ価値をつくりだしているスペシャリストの方々に焦点を当てるインタビューシリーズです。現場の最前線が肌で感じていることを自らの言葉で語って頂くことで、Eコマースの現在の輪郭を少しでも捉えることができればと考えています。 (インタビュー一覧はこちらから)

第9回は、ECのための延長保証サービス「proteger」をリリースした株式会社Kiva の代表取締役、野尻航太さんにお話をうかがいました。 2020年12月にKiva を立ち上げた、現在 23歳の野尻さん。その起業マインドや、Shopify の今後を見据える視点にせまります。

※インタビューは2022年2月に行われました


「起業したい!」身体ひとつで北海道を飛び出す

ーー 本日はお時間いただきありがとうございます。さっそく「proteger」のことをお聞きしたいところですが、まずは野尻さんが Shopify のアプリ開発にたどり着くまでのストーリーからおうかがいできればと思います。

野尻:はい、こちらこそ機会をいただきありがとうございます。

 

まずは経歴からですが、僕は1998年生まれで、(2022年2月現在)23歳です。新卒1年目とほぼ同じ年代なので、「学生起業ですか?」とよく聞かれますが、少し違っていまして、Kiva にかんして言えば、当時すでに大学は中退していて、別の会社での経験を経てから起業しています。

株式会社Kiva 野尻航太

株式会社Kiva 代表取締役

大学在学中、営業代理店である合同会社Puentee を設立。 2019年からウリドキ株式会社にて、EC事業を立ち上げ別会社に事業売却を経験。 2020年12月に株式会社Kivaを立ち上げ、2021年に ECサイトで販売する商品に延長保証を付与するサービス「proteger」をリリース。

 

ーー 23歳!? お若いですね! もともと起業したい、という意欲をお持ちだったのでしょうか。

野尻:そうですね、きっかけは高校生のときでした。友人にメルカリを教えてもらって不要になった ipod touch を出品したら30分ほどで売れたのが面白くて、その経験から「何かを売る」ことの魅力にハマっていきました。父親のジョジョの漫画セットを出品した時は、ちょうど劇場版が上映していたときで需要が高く、高額で売れました。

 

需要と供給の関係性を追求するのがとにかく楽しくて、「絶対に将来は起業したい」という気持ちを抱くようになっていきました。なので、地元の北海道の大学では経営学を専攻しました。

取材はオンラインで行いました

 

ーー なるほどー!ちなみに…… ジョジョ好きのお父さまの本は売っちゃって大丈夫だったのでしょうか。老婆心ながら心配になってしまいました(笑)。

野尻:実はその時は父のジョジョ愛を理解していなくて……めちゃめちゃ怒られましたし、悪いことをしたな、とすごく反省しています。

 

大学入学後、規模は小さかったのですが、ビジネスコンテストに出てみたら優勝できて、「これはいけるかもしれない」と、思い切って起業してみることにしました。現在の会社とは別ですが。

 

立ち上げたのは、職人の手による鍛冶刃物を日本料理店に卸す営業代理店です。紹介できた分のマージンをもらっていたんですが、続けているうちに、自分が立ち止まった瞬間に収入がストップしてしまうことに対する懸念と、「もっと大きいことができないだろうか」という野心が湧いてきて、大学を中退することにしました。

ーー 中退されての起業だと、親御さんの反応はどうだったんでしょうか。

野尻:比較的厳しい家庭だったので、半ば喧嘩するようなかたちで北海道を飛び出しちゃいました。「今やらないといけない」と強く思ったんです。大学2年生、20歳のときでした。

 

上京後はインターネット業界の修行のため、ウリドキ株式会社にエンジニアとして入社しました。

ーー 最初からエンジニアだったんですね。大学時代は経営学専攻だったとおっしゃってましたが、開発もやられていたんですね。

野尻:当初は見習いという感じで入社しました。でも、自分がエンジニアが向いていないことに割と早い段階で気づいてしまいまして……。エンジニアは諦めた一方で、自分の強みは探索力やセールスといった「何かを持ってくる力」だとも気づけたので、起業する際にはエンジニアリングができる人と組む必要があると分かったのは、振り返れば大きな収穫だったと思います。

 

そんな時に SNS で出会ったのが、Kiva 共同創業者の磯崎でした。もともと、面白い人がいるな、と個人的に彼をフォローしていて。こちらからアプローチして会いに行き、関係がはじまりました。

ーー 上京、就職、リクルーティングと、行動力がすごい!

野尻:磯崎と話していくなかで、「自分たちが先駆者になるようなプロジェクトを成し遂げたい」という想いが一致して、いつか一緒に起業しようと意気投合しました。ビジネス感覚を持っているエンジニアの磯崎は、パートナーとして最適だなと感じています。

 

その後、お互いの仕事が一段落した2020年12月に、株式会社Kiva を立ち上げました。

「proteger」でECの顧客体験を向上させる

ーー 起業して最初に手がけたのが「proteger」ですが、延長保証の分野に的を絞った理由やきっかけがあれば教えてください。

野尻:Kiva を立ち上げる少し前に EC の延長保証のアイデアを海外の記事で見つけて、すぐに「これだ」と思って磯崎に話を持ち掛けました。はじめは疑心暗鬼だった彼も、僕がホワイトボードを使って延長保証に取り組むべき理由を説明していくにしたがって納得してくれて、事業化を進めるに至りました。

 

一度決めたらあとはリソースをプロダクト開発に集中して、2021年5月に「proteger」のローンチとなりました。

参考リンク

 

ーー 今おっしゃられた「ECの延長保証」のアイデアに取り組むべき理由、具体的にはどういったところでしょうか。

野尻一番の理由は、EC事業者さん、エンドユーザーさん、弊社にとって三方良しがつくれるからです。

 

これまで家電量販店などのリアル店舗で商品を購入すると、当たり前のように延長保証がついてきたり、少なくともレジのタイミングで提案されてきました。でもなぜか、ネットで買おうとすると延長保証がないことが多いですよね。大きな買い物をするとき、「壊れたらどうしよう」という不安が少なからずあると思うんです。1年ほど使って、壊れて、多額の修理費が発生して、、、となるとエンドユーザーさんが不幸ですし、ページの下の方に「保証はしません」というだけの案内を見てそっけなさを感じたお客さまが購入を断念してしまったら、中長期的に事業者さんの不利益になります。

 

そこで、延長保証によって「代金の10分の1の金額を払うと実質無料で交換修理してもらえる」とわかればエンドユーザーさんの購入前の不安は取り除けますし、事業者さんにとってもディスカウント以外での付加価値の提供につながります。さらに事業者さん側は、返品率が低ければ利益率が上がるので、付帯サービスを強化したりできることもメリットになるのではないでしょうか。

ーー なるほど〜、まさに近江商人的な素晴らしい発想ですね。もう少し突っ込んでお話をお聞きしたいのですが、その仕組みはどのように実現しているのでしょうか。

「proteger」の画面を拝見すると、Shopify のプロダクトページで保証料をセットで購入する、という設計になっています。これは、プラットフォーム上で売上を計上するときは、保証料を目的の商品と併せて買っていただいて(クロスセルして)、その保証料の売上をマーチャントと「proteger」との間でレベニューシェアする、というイメージで合ってますか?

野尻:おっしゃる通りです。小売店でも、メーカー直販でも、モデルは同じになります。

ーー 理解しました。ありがとうございます。続けてお聞きしちゃいますが、保証にかんする金銭的リスクの部分は「proteger」側でヘッジするとして、延長保証を具体的に実行する主体はマーチャントになるのでしょうか。メーカーだと修理のエンジニアや協力会社を抱えている場合が多いですが、大小さまざまな小売店の場合はどうなるんだろう、と思いまして。

野尻:はい、保証の主体はマーチャントになります。修理については、販売店側で機能がある場合にのみ提供できる仕組みにしています。それ以外は基本的に交換対応になります。もし小売店さん側に在庫がないときは、代替品をお送りするか、場合によっては返金対応を想定しています。

ーー 修理や交換、返金についての対応は、マーチャント側のサポート体制や在庫による、ということですね。そうすると、延長保証の中身自体もマーチャントごとに違ってくるということですよね。

野尻:そうですね、そのあたりは導入いただく際にヒアリングした上で個別に設定しています。現状では 8〜9割は交換対応になっていますね。

 

量販店の保証料は商品代金の 5% ほどが相場なんですが、「proteger」は1年で 10% と、相対的に高めの設定にしているんですね。それは交換可能な保証金額を担保する、というビジネス上の理由ももちろんあるのですが、それ以上に「代替品をスピーディーにお客様のお手許に届ける」ことで顧客体験を向上させたい、というねらいがあります。

 

修理だと、保証申請から直った品物が手許に戻ってくるまでに早くても2〜3週間はかかってしまいます。アメリカなどの海外ではこれが主流なのですが、壊れたものを新しく送り返してあげる、交換を優位にすることで、お客さまに不便がないようにするという考え方をプロダクトに取り入れています。

ーー 確かに、仮に冷蔵庫が壊れたら2週間も待っていられないですしね。交換の方が体験としては間違いなく向上すると思います。 整理すると、仕組みとしてはマーチャントごとに幾つかのプランは用意しているけれど、現実的には素早く交換するという保証内容になることが多い、ということですね。

ちなみにマーチャントの商品が一点モノだったり、ハンドクラフト製品だったりする場合は対応できるんでしょうか。

野尻:今のところ、中古や一点モノを対象にしていないです。量販店で扱っているような商品がメインになりますね。

界隈の熱量が高くAPIも充実。スタートはShopifyが最適だった

ーー ありがとうございます。次に、今後の展開についておうかがいします。サービスの幅や保証内容など、プロダクトの展開にはいろいろと可能性があると思いますが、お話しできる範囲で展望をお聞きしたいです。

野尻:そうですね……僕たちのサービスは今のところ全カテゴリーが対象というわけにはいかない部分があるので、カテゴリー拡大以外のアプローチでマーチャントさんを増やしていきたいです。

 

Shopify を軸にさまざまなカートさんと連携していき、2022年の半ばを目処に日本の主要カートさんをカバーするところまで進めたいなと考えているところです。

ーー 僭越ですが、そのご判断に賛成です。エンドユーザーさんから見たらどのカートを使っているか、というのは大きな関心ごとではないですし、どのカートであってもユーザー体験が向上することによって EC そのものの利用に対して安心感が広がる、というのは非常に価値のあるプロジェクトだと感じます。

ちなみに「proteger」はなぜ最初のプラットフォームに Shopify を採用したのでしょうか。エンジニアリングの立場からは Shopify はサードパーティとして開発に適しているという意見が多いですが。

野尻:まず定性的な観点で言いますと、Shopify はマーチャントのみなさんの熱量がケタ違いでした。

 

はじめのころは片っ端から電話をかけて営業していたのですが、不思議とカートごとに雰囲気が違っていて、Shopify に携わっている方々は僕たちの話にしっかり耳を傾けてくれたんです。「なんか面白そう」を発見するアンテナが高い、アーリーアダプターが多い印象でした。

ーー わかる気がします。

野尻:開発的な観点だと、Shopify であれば実現できるけれど、他のカートだとむずかしい機能がありました。たとえば、交換時に発生するクーポン機能です。

 

「proteger」は交換の保証申請があったときに、購入代金分のクーポンを割り当てています。1万円のヘッドホンが壊れてしまったら、1万円の Shopify のクーポンコードを適用したリンクを送る、といった感じです。

 

マーチャントさん側からすると、Shopify であれば管理画面で一連の作業が完結するので扱いやすく、また弊社に作業依頼をする必要がないので、関係者全員のオペレーション負荷が少ないと見込んだということもあります。

ーー さすが!明解ですね。マーチャント側の管理もはっきりしますし、クーポン機能がデフォルトで API として提供されていないカートだとリソースが少ないスタートアップにとっては参入障壁が上がってしまいますよね。

野尻おっしゃるとおり、もし Shopify 以外のカートだったとすると、クーポン機能がなければ「交換申請をいただいたので対応お願いします」と僕らとマーチャント間で都度コミュニケーションが発生したり、ECサイトで弊社が代理購入したり、という煩雑なフローになるので実装が難しかったと思います。

ーー いかに疎結合が大事か、という理想的なケーススタディだとお聞きして思いました。今後の展開について再度お聞きしますと、機能拡張はECプラットフォームに依存する部分が多いので、順序としては導入するマーチャントさんを増やしていくことになるのでしょうか。

野尻:はい、そうなります。現状、まだまだアプローチしきれていないので、それぞれのマーチャントさんに合ったプランを提案しながら少しずつ拡げていきたいと考えています。Shopify はみなさんの熱量が高いので、一つ大きな楔(くさび)が打てれば、そこが引き金となってつながっていくことがあるだろうと、期待しています。

 

実際、Twitter で「Shopify のアプリを出しました!」と投稿すると、他の話題よりエンゲージメントがケタ違いなんですよ。それこそ、100倍くらい違う気がします。だからまずは、Shopify でしっかりとポジションを作っていきたいと考えています。

ECが「リアルな体験」に劣っている部分を解消していきたい

ーー EC の延長保証を展開していくなかで、気づいたことや、「proteger」にかぎらない将来の見通しなどあれば教えていただけますか。

野尻:日本製の Shopify アプリの多くがそうだと思いますが、いかにオフラインの体験と合わせていくか、もしくは Amazon などのモールの体験に合わせられるか、といったアプリとかサービスが今後も増え続けるだろうと思っています。

 

世間では脱モールの話題を見聞きすることがよくありますが、僕は EC もモールもどちらも伸びていくと見ています。販売手段のひとつとして自社 EC も重要だし、一定以上の規模を求めるならモールへの出店もかならず必要になってくるはずなので。

ーーモールも EC もどちらも伸びていくという意見に完全に同意します。ちなみにモールなど複数のショップが集まる場において、「proteger」の進め方は今とは違っていくのでしょうか。

野尻:まだ構想の段階ではありますが、それぞれのマーチャントさんごとではなく、モールの運営主と契約を結ぶかたちを想定しています。モール自体の価値を向上させることにもなりますし、運営主が延長保証を提供することで、マーチャントさんも参加しやすく、かつすでに出店しているマーチャントさんの保護や拡販にもつながると考えています。

ーー素晴らしいですね。「proteger」があることで EC の体験が上がり、事業者にとってはモールの売り上げも伸ばせるので、「三方良し」はモールでも機能するということですよね。

野尻:はい。加えて、副次的かもしれないんですけど、延長保証という安心感がブランドの信頼度向上につながっていくのでは、とも感じています。

 

EC はここまでは大きく発展してきましたけど、「商品を触らないまま購入する」という、リアルな体験に比べて劣ってしまう部分がネックになっていると考えています。このネガティブな部分を解消できる一つの材料を「proteger」が担っていければよいですね。


編集後記

このインタビューは野尻さんから直接お問い合わせいただき実現しました。インタビューでもその積極性が垣間見れるエピソードがありますが、とにかく精力的に行動し、ビジネスを拡大していく野尻さんの姿勢に、「proteger」の成長の理由が詰まっているのだなと感じました。

そして、やみくもに行動するのではなく、試行錯誤を繰り返し、思考を巡らしながら適切に打ち手を増やしていく、スマートな起業家とお話しできて、純粋に楽しかったです。

市場として EC はますます活況を呈していますが、ここからさらに伸びていく段階で、延長保証が EC のデフォルトとして実装されている未来を想像しました。また近いうちにアップデートをお聞きできるのを楽しみにしています!

参考リンク