面倒くさいけど誠実な、ECにかかわる人たちを、メディアを通じて応援する。  〜 ECzine 倭田須美恵 #State-Of-Commerce Vol.8

「State of Commerce」は、Eコマース運営の影の主役である、EC制作やアプリ開発、物流や在庫管理、集客などの現場を通じて、顧客や市場へ価値をつくりだしているスペシャリストの方々に焦点を当てるインタビューシリーズです。現場の最前線が肌で感じていることを自らの言葉で語って頂くことで、Eコマースの現在の輪郭を少しでも捉えることができればと考えています。 (インタビュー一覧はこちらから)

第8回は、国内の Eコマース情報なら何でも揃う翔泳社さんの「ECzine(イーシージン)」で創設時から編集長を務めていらっしゃる倭田須美恵さんにお話をうかがいました。季刊発行の雑誌のほか、ニュースの配信、イベント開催など、多様なアプローチで EC 業界を盛り上げてくれている同媒体。コロナ禍で環境変化が加速する EC のこれまでと今後に迫りました。

※インタビューは2022年2月に行われました


「楽天で肉を売ってるおじさん」がそもそものはじまり

ーー 本日はお時間いただきありがとうございます。倭田さんとは「ECzine(イーシージン)」開始当初から連載記事で長くお付き合いさせていただいていますので、こうやってインタビューするのはなんだか不思議な気分です。今日はせっかくお時間をいただいているので、ECメディアの編集長の視点から、これまでの変遷について肌で感じてきたことをお聞きしたいと思っております!

倭田:お声掛けいただきありがとうございます。私がお答えできることなら何でもお話しいたします。

 

まず「ECzine(イーシージン)」についてですが、2013年11月にスタートして、来年10周年を迎えます。翔泳社内で発行しているIT系メディアの一つとして、EC業界の情報をストア関係者など、コマースにかかわる方々にお届けしています。

ECzine(イーシージン) 倭田須美恵

ECzine(イーシージン) 編集長

EC業界の重要ポイントだけをまとめてお届けする媒体「ECzine(イーシージン)」を2013年11月に立ち上げ。季刊発行の雑誌のほか、WEB媒体、イベント開催など多チャンネルでの情報発信を取りまとめている。読者のみなさまにとって有益な“ECに関する”情報をお届けしています。

 

ーー 倭田さんは「ECzine(イーシージン)」を創刊される前から翔泳社で働いていらっしゃると思いますが、それまではどんなお仕事をされてきたのでしょうか。

倭田:元々はライターになりたかったんです。自分の性格的にサラリーマンは長くは続かないだろうなあ、と感じていたのと、手に職をつけた方が生きやすいな、と思っていたので。その流れで大学生のときにアルバイトとして編集プロダクションに入りました。しばらくすると編集者の動き方ひとつでスムーズに事が進むこともあれば、逆に周りが大変になったりと、編集という仕事の影響が大きいことに気づいたんです。

 

それで、「プロジェクトを動かす側も面白そうだな」と思い、当時の職場の近所にあった翔泳社の門をたたきました。

取材はオンラインで行いました

 

ーー ということは、翔泳社さんが新卒ということですか?

倭田:新卒と言っていいのかよくわからないですが、ここが初めての社会人、会社員ですね。当時は若かったのでフットワークの軽さを期待されていたのか、最初の2年はいわゆる編集ではなくクライアントワークが主な仕事でした。私は飽き性なところがあるので「そろそろ別のことがしたいなあ…」と思っていた矢先に、縁があってWEBメディアの部門に異動することになりました。

  

異動してからは、既に刊行していた「MarkeZine(マーケジン)」「CodeZine(コードジン)」の読者に向けた転職サイトを作りました。マーケティングもエンジニアリングも、市場としては右肩上がりの時期だったのでいい感じの滑り出しだったのですが… 2008年のリーマンショックで各社が採用取りやめのラッシュとなり、結局2年くらいで立ち行かなくなってしまいました。

ーーあの頃の採用の谷はすごかったですもんね…。ちなみにここまで 2年くらいの周期で環境が変わっていますね。

倭田:はい、たまたまなのか求めているのか、2年周期で環境に変化があるみたいです。

 

「MarkeZine(マーケジン)」の編集部に戻ったころ、講座の企画で展示会に出展したことがありました。そのとき、設営したブースにアドテクノロジー関連の書籍も置いていたりしたんです。すると、キャリーケースを引いたおじさんが通りがかりに「僕たち楽天市場で肉を販売しているんだけど、これ読んだら売れるようになるかな?」と声をかけてきて。とっさに「なりません」って答えてしまって(笑)。

ーー (笑)。ちなみにその書籍の中に私が著者になっているのも含まれている気がしますが… 書いていた立場でアレですけど、たしかに読んでも売れるようにならないと思います(笑)! Eコマースであれば、もっとふさわしい本や情報があるはずですよね。

倭田:すみません(笑)。アドテクノロジーだけでは、難しいですよね。それで、その時に「あ、楽天市場でモノを売っているような人に向けたメディアがあっても良いかもしれない」ってハッとしました。善は急げで企画を提出したら通っちゃったので、それが「ECzine(イーシージン)」になりました。2013年のことです。

ーー なんていい話なんだ。じゃあ「ECzine(イーシージン)」は倭田さんが生みの親なんですね。誰かの企画ではなく、本当の意味で母親。

倭田:そうですね、一応。

ーーすごいなあ。

くじけそうな時に、Shopify がきた

ーー 改めて整理すると、楽天さんをはじめとして、モールや EC の話題はもともと「MarkeZine(マーケジン)」でも扱っていたと思いますが、それをスピンアウトしてコマースに向き合っている事業者に向けた情報を提供するメディアとして独立させたのが、「ECzine(イーシージン)」ということですね。

倭田:はい、そうです。

  

2022年の現在で9年。来年は10周年。実はここに至るまで、何度か「もう厳しいかも…」と思ったことがありました。

ーー それは例の「2年ほどで変化を求める病」が発病してしまった的なやつですか。

倭田:それもありますけど(笑)、それよりも、続けていく中で少し絶望のようなものを感じてしまった部分もあって。

 

創刊当初の売上がなかなか上がらなかった時期とか、苦労していたときはまだ良かったんです。それより少しあと、徐々に軌道に乗りはじめたころ、オムニチャネルブームとちょうど重なりました。あの手この手で情報を発信し続けたんですが、気づいてみたら2年経ってもあまり状況が変わらなかったんですよ。オムニチャネルも、データフィードも。動く人が限られていて、大多数はやらない。 マーケットは変化の速度を増しているのに、システムは古いまま。

 

業を煮やして自分たちでも新しいサービスを作ろうかなと考えたりもしました(やりませんでしたが)。それぐらい煮詰まっていたというか、切羽詰まっていて。

 

いよいよ次号の特集テーマが思いつかない、くじけそうだ、となってきたところに、Shopify が来たんです。個人的には、本当にギリギリのタイミングで来てくれた。

ーー 以前「ECzine(イーシージン)」で対談させていただいたときに、倭田さんが「これまでEC界隈は責任感の強い人たちが耐え忍んでいる感じがあったけど、Shopify は関わっている人たちがワイワイ楽しそうにやっているのが良い」みたいなことをおっしゃっていたのを覚えています。

参考リンク

倭田:Shopify が来たからといって、EC の業務が急に楽になったりはしないし、運用が大変であることは変わりません。でも、これまで諦めていたことに気軽に挑戦できるような土壌ができて、ECに関わる皆さんが様々なところで希望を見出しているのがとても良いなあと思って見ています。

 

その流れがあったから、飽きっぽい私ですが「ECzine(イーシージン)」を9年も続けてこられたのかなあと、振り返ってみて思います。

ECの人は面倒くさい、でも誠実だから好き

倭田:翔泳社はたくさんのIT系のメディアがありますが、ECが他と違う点を挙げるとすれば、最後にモノが動くところだと考えています。

 

モノが動いたときに、例えば箱が壊れてたりしたら、怒られます。デジタルマーケティングとかブラウザで物事が完結できる人たちにとっては、ECの「モノが動く」部分って、本音では面倒くさいだけだろうなと。リアルタイムにビッティングしていた方が儲かるじゃないですか。

ーー おっしゃるとおりでございます。ぐうの音も出ません。

倭田:ブラウザで完結しない仕事をする人たちと付き合っていくには、それなりに「やっていることが好きじゃないとできないよね」みたいな気分はあるかな。

ーー じゃあ、お好きなんですね。

倭田:はい、私はわりと好きですね。やっている人たちが誠実な感じがするのが、なんというか、良いです。利益率とか色々な観点を踏まえても、リアルが絡んでくる EC は広告やツールを売るよりも圧倒的に面倒くさいですし、誠実でないと続けられないところがあると思います。

  

翔泳社は IT 分野に強い出版社です。業界の中では「わざわざそっちに行かなくても」と思われがちな EC というジャンルにあえて照準をあわせる人がいても良いんじゃないかな、と9年前にラフにメディアを立ち上げました。そんな IT 系出版社に属する人間としては、やっぱり私は EC が好きなんでしょうね。

ーー 「誠実な感じ」はとてもよく分かります。お話をお伺いしていて、EC を倭田さんが担うことによって、翔泳社さんとしても「IT業界を網羅している」というバランスが維持できているのでは、なんてことを思いました。

そんなことはない、という顔をされました

Shopify でハードル解消 あとは事業者の覚悟で進む

ーー Shopify の話に戻します。先ほど「オムニチャネルやらないじゃん」と幻滅されたお話がありましたが、Shopify が来てから心境に変化はありましたか。

倭田:はい、状況は大きく変わってきていると思います。

 

そもそもの話ですが、オムニチャネルのほかにも Amazon Pay やチャットツールを使ったウェブ接客といった新しいことがどんどん出てきても各事業者がなかなか手を出せなかったのは、システムにボトルネックがありました。Shopify が来たことで、その技術的なハードルが解消されつつあります。

  

以前と違って、今「やるか」「やらないか」という選択基準は、事業者側の覚悟とか都合がおもな理由になってきているのではと感じます。

ーー 以前は技術的な理由もあって「やらないのは仕方ない」というところがあったけれど、今はただ「やるか、やらないか」の事業者側の意識の問題にシフトしてきている、ということですね。

倭田:そう思います。もちろん、何かを変えることは大変なので、時間がかかるのだとは思いますが。

ーー 10年くらい前にデータフィードと言われはじめたころ、ただ整理されたレコードを入出力するだけなのに中間処理が意外に大変で、関係者にお願いするのもなかなかしんどいような状況でした。でも、例えば Shopify で Google のマーチャントセンターに接続するだけだったら、今なら3クリック程度で終わってしまう。そんなに難しい話ではなくなってきましたね。

倭田:そこからさらに、こちらの想定を先回りして新しい媒体、たとえば TikTok とかと連携してくれたりするので、ときめいちゃいますね。

ーー ときめきますね(笑)。こちらから言い出す前に対応してくれだけでなく、予想のナナメ上のリリースが出たりするので、確かに胸が高まります。そんな Shopify ですが、倭田さんの視点でもこのまま広がりを見せていきそうですか?

倭田:うーん、このまま進んで行くのではないでしょうか。ものすごーく有効なカートの選択肢の一つであることは揺らがないと思います。

ーー これまで新技術がなかなか採用されにくかった要因がシステムに起因していたとすると、従来の課題を解決しうる Shopify は引き続き EC の台風の目であり続けそうですね。

倭田:そうですね。あとこれは個人的な印象ですが、SNS や仕事上でお付き合いのある「Shopify でやっていこう!」という支援側の人たち、みなさん魅力的なんです。テクノロジーも好きで、コマースも好きということが肌で感じられるので。

 

そんな人たちと仕事をしていると、EC には未来があるなあ、としみじみ思います。

ーー 私もお付き合いしていて同じような印象を持っています。Shopify を通じてコマースを盛り上げようとしている人たちが実際に楽しそうで魅力的だと、未来もきっとポジティブであるはずだと漠然と信じることができますし、自分自身もそうありたいと思いますね。

都会と郊外、ネットとリアルから考える「お店の正解」

倭田:少し話がそれるんですけど、例えば、Instagram でフォローした愛媛の農家さんから直接みかんを買うと、地元のみかんは食べなくなる、という事態が発生しますよね。EC はとても良いものだけど、その町に住んでその町で生きていく、ということを考えると地元で消費した方が良いこともある。

 

利便性が高くスマートな買い物ができる EC はもちろん素敵なんだけど、ついでの会話とか、お店の前を通ったら挨拶を交わすとか、ちょっとしたコミュニケーションはリアルな場でしか生まれない。どちらがいいとか悪いとかじゃないんですけど、小売りやコマースって、これからどうなっていくんだろう、ということは常に考えています。お店ごとの正解を探しているのかもしれないです、「ECzine(イーシージン)」で。

ーーこういう話、興味深いですし、大好物です。私はもともと広告側の人間ですが、ここしばらく EC の世界にどっぷり浸かってみて、「本当に面倒くさいし、考えることが多い。だから面白い」のかなと感じ始めています。

SNS で知ったストーリーに惹かれて遠くにいる誰かに共感して商品を購入しても、そこには「近所のなじみの店主と雑談」するような関係性はない。ECは、マクロで見ればポジティブな広がりには違いないのですが、買い手と売り手の間にある接点はたくさんあっても手段そのものが限定的で、コミュニケーションという意味で少し疑問符をつけたくなる瞬間があります。この辺は併せ呑むしかないんだろうな、と個人的には思っていますが。

倭田:私も Twitter をはじめとしたインターネット上で、今の EC のトレンドを色んな人とやりとりできるのが楽しいな、と思うのと同時に、地元のおばちゃんとおしゃべりしながらお茶を飲みたい、みたいな気持ちがあって。どちらの過ごし方にせよ、情報は主体的に自分で取りにいかないことには、望む生活は成り立ちません。

 

ただ、主体的に選択して行動をする人が消費者のすべてではないので、お店を営む人も誰とお付き合いして商売していくか、それぞれ見極めていかなければならない。今は売り手も買い手も、お互い誰と付き合っていくのか、考え続けなければいけない時代になっているのではという気がしています。

ーー「1万人が1回ずつ買ってくれるより、100人が100回ずつ買ってくれるほうがいい」といったフレーズも、突き詰めて言えば、お付き合いする相手とアプローチの仕方を自分の個性に合わせて変えていくということですよね。どちらも時と場合とやり方しだいで、正解にも不正解にもなりうる。

倭田:そうそう。ライターや編集業って個人商店みたいなところがあるので、EC事業者の個人事業者のような人たちと同じ気持ちなところがあったりします。同じ気持ちというか、商売のスタンスが一緒ですね。だから、都会と地方とか、ネットとリアルとか、そういうことを考えちゃうんですよね。

ーーそういう倭田さんが運営しているメディアだからこそ、多くの人に伝わる記事やコンテンツを発信し続けられるのかなと改めて思いました。今日は貴重なお話ありがとうございました!


編集後記

以前から定点観測(季刊ECzine内の記事)で連載を持たせていただいているご縁で定期的にお話ししていた倭田さんですが、2020年以降はコマースの状況が一変したこともあってなかなか腰を据えてお話しする機会が持てずにいたので、今回のインタビューはとても楽しかったです。

「ECzine(イーシージン)」発足時のエピソードから最後のパラグラフで展開した雑談に至るまで、倭田さんのお話しからは、Eコマースというデジタルな分野でありながら、人間同士のふれあいや、現場の生の声に非常に敏感な姿勢が伝わってきます。そういう編集長がいるメディアだからこそ、日本のEコマースの最重要ソースとして頼られているんだなあと思いました。

ちなみに、私がこれまで取材や講座でお会いした編集やライターのみなさんも素晴らしい方々ばかりです。これまで取材を受けたコマース界隈の識者のみなさんもきっと同じ印象でしょう。そういった積み重ねがメディアの信用につながっているのだと思いますし、この編集長だからこそこのメンバーか、とも思います。

REWIRED は小さなオウンドメディアですが、倭田さんの姿勢を見習って(細々ではありますが)続けていきたいと思いました。また勉強させてください!

参考リンク