Shopify Audiences は、ポストクッキー時代の広告ターゲティングに何をもたらすのか

 

2022年5月10日、Shopify はマーチャントのデータを外部の広告プラットフォームと連携できるソリューション「Shopify Audiences」を発表しました。

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Shopify の顧客を元にオーディエンスリスト化

Shopify Audiences とは、マーチャントが Facebook や Instagram などのプラットフォーム上でターゲティングに利用できるオーディエンスリストを生成できるツールです。昨年(2021年)の時点ですでにリークされていた機能ですが、その後は音沙汰なく、 Shopify Unite 2022 を待つこのタイミングで発表されました。

仕組みをざっくりまとめると以下になります。

Shopify Audiences の流れ

  1. 自社の Shopify ストアが Shopify Audiences を利用する要件を満たしているか確認する(この記事の執筆時点では、アメリカorカナダで、Shopify Plus を利用しているマーチャントのみ)
  2. Shopify Audiences のアプリをインストールする
  3. アプリ上で、広告アカウントに接続する(執筆時点では Facebookアカウントのみ)
  4. 対象の製品(属性)を選択し、オーディエンスリストを作成する
  5. オーディエンスリストを広告アカウントにエクスポートする(広告側でオーディエンスリストとして使えるようになる)

 

つまり、仕組みとしては Shopify と広告アカウントを接続することで、広告側でオーディエンスリストをターゲティングとして指定できるというものです。記事の執筆時点(2022年5月)では「アメリカ or カナダに拠点を持つマーチャント」、かつ「Shopify Plus アカウント」のみに提供されているため残念ながら日本からは確認できませんが、他の広告プラットフォームで DMP やターゲットリストからインポートする機構と似たような仕組みだと理解しておけば間違いなさそうですね。

なお、今後は Facebook と Instagram だけでなく、TikTok、Snap、Pinterest、Microsoft Advertising、Criteo などの他のプラットフォームにも順次展開していくとのことです。

プライバシーイシューが行き着いた先に

Apple が2017年に ITP を発表して以来、ターゲティングとトラッキングはインターネットを利用するあらゆる企業が直面する大きな課題の1つとなりました。(もうずいぶん経つんですね…)

ここ数年のトラッキング狂想曲の詳細な説明は他の記事に譲りますが、いずれにせよ、Apple に端を発した世界的なプライバシーイシューは、インターネットを利用するあらゆる企業に対応を求めました。

そして、その解決策の一つとして「ファーストパーティデータ」という抽象的な表現が多用されています。

「ファーストパーティデータ」という言葉には、”単純なメールアドレスのリスト” から ”詳細な個人情報” までという振り幅の広さがありますが、現実的な意味では、Googleアナリティクス(※)であり、実際のコンバージョン(購買)データ になると思います。企業は費用対効果を測り、伸ばしたいだけなので、個人を特定するインセンティブが特にないからです。(※) Googleアナリティクスはずっと前からファーストパーティCookieとして発行されています

フルスクラッチのECサイトでないかぎり、多くのサイトは EC の運営にカートシステムを使っています。そのため、ブランドにとってのプライバシーイシューの解決とは、すなわちカートシステム側の技術的なアップデートでした。カートが持つファーストパーティデータ、すなわち購買データを活用できるかどうかが、ビジネスを伸ばすブランドにとっての関心事項だったと思います。

なお、ECサイトは売れないと存続できないため、カートも自らの存続のために、システムの利便性はもちろんのこと、マーチャントのマーケティング支援も業務範囲に含めなければいけません。それは以前から「コンサルタントが広告商品を案内する」といった類の定性的なサポートして存在してはいましたが、現在はプライバシーイシューに伴う技術的なキャッチアップが喫緊の課題として浮上しているため、計測やターゲティングの支援こそがカートシステムに求められている仕事だと言えます。

そう考えると、Shopify が Googleアナリティクスの拡張Eコマースをデフォルトでサポートしていることや、 今回の Shopify Audiences の発表からは、カートとしての戦略的整合性を読み取ることができますね。

戦略としての Shopify Plus

Shopify Audiences は、初期の提供範囲を「Shopify Plus アカウント」のみに絞っています。

これは「ベータテストからの本番適用としてラージアカウントに絞る」という意味では自然なことのように見えますが、広告が必要なマーチャントは Shopify Plus を使うような大きなマーチャントだけではありませんし、Shopify Audiences の存在意義(多くのマーチャントに広告ターゲティングの機会を提供する)から考えると、絶対数の少ない Shopify Plus のみに絞る理由はなくなるため、アカウントのアップグレードのための理由付けの一つだと想像するのはそれほど難しくありません。

実際、以前と比べると Shopify Plus の相対的優位性は減っているように見えます。Shopify Plus のみに存在し、他のプランにない機能で有名なところが「Multipass」や「Shopify Flow」、「チェックアウトのカスタマイズ」や「複数通貨対応」などでしたが、2022年の現在では Shopify Flow の適用プラン拡大や、Markets の開始などがあり、マーチャントの利用シーンによっては Shopify Plus でなくても実現可能な機能が増えていました。

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もちろんそれはマーチャントの利便性向上という意味ではたいへん喜ばしいことではありますが、一方で Shopify 側ではプランアップのインセンティブ設計に苦労しているという裏返しでもあります。

というわけで、長い目で見ればいつかは Shopify Audiences の適用範囲が拡大されることはありえると考えられるものの、現時点では「Shopify Plus のカタログスペック」として Shopify Audiences が位置づけられている可能性は視野に入れておきたいところです。(もちろん使えたら嬉しいマーチャントは多いと思いますので条件緩和は期待しています!)

機械学習への投資と応用

Shopify Audiences のリリースを追っていくと、機械学習について強調した言及が目立ちます。

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意訳「機械学習でお店ごとにイケてるリスト作るよ!」

Shopify と機械学習という単語はにわかには結びつきにくいかもしれませんが、ECプラットフォームは決済を扱うため、金融機関と同じような理屈で機械学習モデルが利用されていることは多いと思います。

以下は Shopify でデータサイエンスとエンジニアリングの VP を務める Ella Hilal さんの Fobes でのインタビューですが、Shopify Capital(小規模マーチャント向けの資金提供支援)の与信や回収率の判断に機械学習を活用していたという事例が出ています。

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こういった技術投資のベースがあり、数百万のマーチャントから日々生み出される膨大なトランザクションが機械学習によってターゲットリストの生成に活かされていると考えると、Shopify Audiences のリストとしての精度は今後日増しに高まってくると期待できますね。

コマースと広告の架け橋としての Shopify Audiences

昨今の資材や物流コストの高騰により多くのブランドは利益率が圧迫されていますし、プライバシーイシューは実質的なトラフィックコストを今後ますます悪化させていく可能性があります。

ばらくは原価や販管費が下がる見込みがない以上、いかにトラフィックコストを抑制しターゲティングの精度を高めていくかは、広告プラットフォームとしても死活問題です。

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上記の記事でも Facebook の広告予算が他のチャネルにシフトしてきているという報告がありますが、その逆風に吹かれている Facebook が Shopify Audiences の最初のパートナーになったのはある意味で象徴的です。

適用プランがどこまで広がるのか次第ではありますが、今後Eコマースだけでなく、広告業界からも注目される機能なのは間違いないでしょう。アップデートに引き続き注目していきたいと思います!