「人」にフォーカスして、Shopifyアプリを次のステージへ〜 株式会社ハックルベリー 永田龍史 #State-Of-Commerce Vol.12

「State of Commerce」は、Eコマース運営の影の主役である、EC制作やアプリ開発、物流や在庫管理、集客などの現場を通じて、顧客や市場へ価値をつくりだしているスペシャリストの方々に焦点を当てるインタビューシリーズです。現場の最前線が肌で感じていることを自らの言葉で語って頂くことで、Eコマースの現在の輪郭を少しでも捉えることができればと考えています。 (インタビュー一覧はこちらから)

第12回目は、Shopifyアプリの開発や導入支援を行う株式会社ハックルベリーの永田龍史さんにお話をうかがいました。スタートアップを渡り歩いてきた永田さんが考える組織運営のカギと、新天地で見つめる今後の展開について語っていただきました。

※インタビューは2022年4月に行われました


代理店からECの事業者へ

ーー Shopify アプリを提供する企業アライアンス App Unity は、フィードフォース、ハックルベリー、リワイアの3社が発起人なのですが、このインタビュー企画(State-Of-Commerce)にまだハックルベリーの方にご登場いただいてなかったことに気づきまして(笑)、代表の安藤祐輔さんにお話しして永田さんをご紹介いただきました。これまでのご経歴からお仕事の内容まで、ざっくばらんにお話しを伺えればありがたいです!

永田:こちらこそ機会をいただきありがとうございます。ハックルベリーの永田と申します。現在は EC 運用をサポートする「集客ブースター」「サブスクPLUS」をメインに担当しています。これまでインターネット広告代理店やマーケティング SaaS など、IT系ベンチャーでマーケティングから事業開発までいろいろとやってきたので、その経験を活かしていけたら、と思い業務に向き合っています。

株式会社ハックルベリー  永田龍史

ダイレクトマーケティングを軸に代理店、ベンダー、事業主それぞれの立場を経験してハックルベリーへジョイン。現在は ShopifyアプリのBtoBマーケティング、Shopifyストアへのマーケティング支援事業の企画・運営を手掛けている。

 

ーー ハックルベリーにジョインしたのは今年(2022年)の3月だとお聞きしました。最近なのですね。

永田:そうなんです。代表の安藤さんとは以前から知り合いで。ハックルベリーが定期購買アプリを立ち上げたあたりからよく話すようになりまして、そのまま参加することになりました。

 

これまで何をしてきたのかをかんたんにお話しさせていただくと、2010年に新卒でネット広告の代理店に入りました。当時はまだガラケーからスマホに切り替わるぐらいの時代で、モバイル広告を専門に電子書籍、今や懐かしい着うた・デコメ等の案件を担当していました。月額の広告費で最大1.5億~2億円ほどを運用していたこともあります。

 

広告運用を通じてクライアントに貢献できている実感はあったものの、一方で「事業を大きくする」「会社のステージを上げる」といった点で広告だけではなかなか難しいなと感じる場面もありまして。自分自身と事業の成長とをもっとリンクさせたいという気持ちが湧いてきて、株式会社Socket(現:Supership株式会社)に転職したんです。そこで安藤さんと出会いました。

ーー Socket社で安藤さんとご一緒だったんですね。Socket といえば「Flipdesk(フリップデスク)」ですよね。

永田:おお、ありがとうございます。まさに Socket では「Flipdesk(フリップデスク)」という、サイトの訪問者の行動を自動解析できるサービスを提供していました。ユーザーごとに最適化された接客がオンライン上でできて、LTV を上げるという文脈でも使い手があるプロダクトです。私は当時、運用コンサルタントの1人目として入社しました。

 

プロダクトは順調に成長を続けまして、そのあと 2017年に Supership株式会社に合流することになりました。より大きな資本とシナジーをつくっていくという段階に入り、実質的な事業責任者として全体を見ることが増えました。その後運用チームや営業チーム、プロダクトの方向性が安定してきた頃に、ご縁があって株式会社フクロウラボに転職することになりました。

ーーすごいタイミングで貴重なご経験をされているんですね。

永田:確かにそうかもしれません。プロダクトのグロースや M&A を経た経験があったからこその次のチャンスだったと思いますし、それまでの経験はその先の仕事でも活きたと思っています。フクロウラボへは ASP や事業開発の担当としてジョインしまして、自社メディアのローンチなどに携わりました。また、その一環で女性向け美容液の通販事業も立ち上げています。現在 D2C はメディアと蜜月の関係にありますが、当時も似たようなねらいを持って進めていましたね。

ーー 面白い。現在のお仕事にもつながっていますね。

「事業者の視点」を獲得するまで

永田:この「EC 事業者になってみる」という経験はとても得難いものだった、と振り返るたびに思います。広告代理店のときも、Flipdesk(フリップデスク)のときも、多くのEC事業者の方々とお仕事をしてきていたので、EC のことをすっかり理解したつもりになっていたんですよね。

 

でも、実際に事業者側になってみて、掴めていないことがとても多かったことに気付かされました。生産管理しかり、物流しかり、在庫や集客にいたるまで、パートナーと事業者とでは視点がまったく違ったんです。

 

やればやるほど、改めて EC って面白いな、もっと追求してみたいな、という気持ちが大きくなってきました。そんな頃に、定期購買アプリをきっかけに安藤さんから「もう一度一緒にやろう」と声をかけていただいて、ハックルベリーへとたどり着きました。

ーー 素敵なストーリーです…!ネット広告の運用から、EC のパートナー、そしてご自身が EC 事業者の当事者になってその面白さに開眼する。永田さんは来るべくして、ハックルベリーにジョインされたんだなあと思いました。

永田:改めて振り返ると少し気恥ずかしい気もしますが、これまですべての所属先や経験が、ひとつの道としてつながっている気がします。そのときどきで自分の感じていることや、強みなどをなんとか組み合わせながらキャリアを重ねてきた、という感じがします。

ーー まさに「Connecting the dots」ですね。かのスティーブ・ジョブズも「未来に向かって点と点を繋ぐことはできない。唯一、振り返ることで繋ぐことができる」と言っていますが、まさにその瞬間瞬間で取り組まれてきたことが、めぐりめぐって現在に線として結びついている印象を受けました。

 

取材はZoom上で行いました

ーー Shopifyアプリ開発に代表されるようなサードパーティベンダーは、どれも EC 事業者さんを助けて、EC をもっと便利にしたいという思いを持っているはずです。だからヒアリングを重ねてECの現場の皆さんに必要とされるものを提案・開発していると思うのですが、それでも実際に現場に立っている人とは認識がずれてしまうことが往々にしてあります。

「頭で分かっているつもりでも身を以て経験しないと分からない知見が必ず存在する」という前提に立つと、EC のパートナーと事業者、その両方を経験されたことは永田さんにとって大きな強みになっているのだろうなと推察しました。

永田:ありがとうございます。ちなみに「パートナーと事業者、双方の視点」には個人的なエピソードがありまして。 Flipdesk(フリップデスク)の頃から「EC事業者の視点の理解」は課題としてあったので、研修会や勉強会をたびたび行っていました。

 

ある研修会で、マーケターで現ディノス CECO の石川森生さんをお招きしたことがありました。当時石川さんは製菓製パン向けECサイト「cotta」をされていて、サービス側と事業者側、両方の経験・視点を持っていらっしゃったんですね。そこで「サービス事業者側の視点を身につけるにはどうすれば良いですか」という質問をさせていただいたところ、「こればっかりは自分自身が事業者になってみないと理解できない」という回答をいただきました。このときの言葉が強烈に印象に残っていまして。

ーー その時の石川さんのお話は、フクロウラボでの EC 立ち上げに影響しているのでしょうか。

永田:はい、間違いなくきっかけの一つになっています。そして実際にやってみて、先ほど申し上げたとおり「やっぱり EC は面白い」と思いました。

 

安藤さんに声をかけられたときに感じたのが、これまでずっとベンチャー畑を歩んできて「やっぱりベンチャーが好き」と自覚したこと、ECの面白さを再確認したこと、Shopify や定期購買アプリという、ECとアプリに将来性の高さを感じたこと、、、それらのタイミングが不思議なほどピッタリと重なるのがハックルベリーだということでした。パートナーと事業者、立ち上げや運用という、自分のこれまでの経験を活かせそう、というのも決め手のひとつです。

ーー まさに「人生はご縁である」なんてことを感じちゃうお話です。

ベンチャーが好きな理由

ーー ちなみに「やっぱりベンチャーが好き」とおっしゃいましたが、具体的にどういうところが魅力的なのか、もう少しお伺いしたいです。

永田:そうですね…。ちゃんと言語化できているわけではないのですが、ダイナミズムの中に、自分の役割が見えるからでしょうか。

 

たとえば、これまでかかわった組織では、良くも悪くもマネジメントや組織運営を考える時期が多くありました。ベンチャーって、会社が拡大に転じた時にどうしても現場で指揮がとれるミドル層が薄くなってしまうんですよね。時間が限られている中でこの課題にどう対処できるかで、その後の展開が大きく変わります。

 

前職のフクロウラボでは、経営陣と現場、そこをつなぐ中間の立ち回りができる人材を厚くするために、マネージャー研修や事業・組織改革にかかわらせてもらいました。代表の清水翔さんとも一緒にお仕事ができて、有意義な数年間を過ごせました。大きな組織で同じような経験ができるのかというと、ベンチャーの方が機会は多いかなと。

ーー とてもよくわかります。ベンチャーにとって一番難しい成長フェーズでの痛み。そこを一緒に乗り切ってくれるミドルマネージャーの存在ってとてもとても大切で。そりゃあ安藤さんも清水さんも、永田さんに声をかけちゃうよな〜と納得しました(笑)。

永田:いやいや(笑)。期待に応えられているかわからないですが、お声がけいただけるのは本当にありがたいことです。

「人」が差別化のポイント

ーー ハックルベリーさんのアプリ開発は順調に伸びていくフェーズにあると思いますが、一方で先ほどお話しされたように、成長フェーズでのミドル層の不足など、どの会社も必ずといっていいほど通る課題が待ち受けていると思います。どのように乗り越えていけばいいでしょうか。

永田:身も蓋もないかもしれませんが、プロダクトそのものによる差別化って、どうしても限界があるんですよね。すべきことがはっきりわかってさえいれば機能面はどのプレイヤーも満たしにくるので、スペック上の差は出にくくなります。

 

だからこそ、私は何においても「人間」の力が重要だと考えています。当たり前のことをコツコツやって、期日を守る、これを徹底していく組織かどうかが差別化のポイントではないかと。

ーー 製品に機能差がないのであれば、「誰から買うか」「信用できるか」が大事になりますよね。

永田:そうなんです。そういう意味で、採用とMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)は非常に重要です。会社の方向性と現場の活動を OJT で合わせていくのも一つの手ですが、組織文化を明文化して、それに合う人にジョインしていただくことが大切だなと考えています。

 

人はそれぞれ性格も違えば、仕事の仕方も十人十色です。人が集まれば摩擦やコミュニケーションの段差の発生はゼロにはなりませんが、組織の文化と評価の制度がしっかり作ってあれば問題を小さくできます。

ーー 個人的には MVV は「運用がすべて」だと思います。ビジネスカテゴリが同じであれば、企業のビジョンやミッションは煮詰めていくとどうしても表現が抽象的かつ似てきてしまいます。それが果たして絵に描いた餅なのか、あるいは企業にしっかり根付いているのか、結局は日々の運用の結果が差となって表れてくるはずだと思っています。

永田:まさにおっしゃるとおりなんです。以前の組織でも、良い意味で仕事のクオリティが高いレベルで平準化できたことで、MVV がしっかりまわるようになりました。

ーー MVV に血を通わせるための工夫や仕掛けは、結果的に業務改善の土台というか、経営そのものだと思うことがあります。

永田:定期的にサーベイとって上昇率を見たり、社長が口酸っぱく説明したとしても、普段からビジョンやミッションを意識できる社員って実はほとんどいないんですよね。

 

そもそも「なぜ MVV を設定しなきゃいけないんだっけ」というところから、かみ砕いていく必要があります。ワークショップなどを通じて「バリューを発揮した状態とは一体なんなのか」を一人ひとりに考えてもらったり、合宿などで全員が集まるタイミングで少し時間をもらって確認したりと、しつこいくらい繰り返す必要があるかなと思います。

ーー お話を聞きながら、永田さんは組織の業務改善的なお仕事が本当に向いてそうだな〜という印象を持ちました。

永田:そうですね、効率化や仕組み化には、燃えるタイプです。1社目がビジョンを大切にする会社で、MVV に共感している人が集まると物事がスムーズに動くんだという実感がありまして。ベクトルが同じだと推力が生まれるので、仕組み化できればより強くなれると考えています。

ーー 先ほど、「人間」の力が重要だとおっしゃっていましたが、その力を活かすも殺すも MVV とそれが回る仕組みだということですよね。

永田:はい、常々、仕事の達成は人間によるところが大きいと感じているんです。「この人と仕事がしたい」と思ってもらえることが、大きなアドバンテージになりますから。そしてそれを個々のパーソナリティや人間性だけに頼るのではなく、組織全体で発揮できるようになるのが理想的だと思います。

 

仕事をしていると「やってみないと分からない」ことは実際にありますが、とはいえそれに踏み切る前に「問題を意識する」ターンはあるはずですよね。意識するためには、一人で問題を抱え込むのではなく、組織として判断できるに越したことはありません。その基準になるのが、MVV だと思います。

整えることの価値

ーー 永田さんの組織のありようを見つめる姿勢は、語弊があるのを承知のうえで、ある種のベンチャーらしからぬ冷静さと慎重さを感じました。

永田:そうですかね(笑)。ベンチャーのフットワークの軽さはとても好きなんですが、僕個人としては走りながら考えるより、考えてから走りたいタイプです。この根っこの部分は変えられないので、局面ごとに周りと動き方を合わせるようにしています。

 

以前は「走りながら考える」というベンチャーらしい文化にアジャストしなきゃ、と焦っていた時期もありました。もちろん何事も準備万端でのぞむに越したことはないのですが、場面によっては、まずはやってみた方が早かったりします。この「行動が先」のスピード感はベンチャーの面白いところでもあり、苦手なところでもあったのですが、そういう環境に身を置いたことで、おかげさまで柔軟性は身についてきた気がします。

ーー うなずきが止まらないです……。私もベンチャー歴が長いですが、オラオラした気質はちょっと合わなくて(笑)。最終的には、そういうバランス感覚が自分の価値なのかなと思ったり。

永田:私も同じですね。それぞれの価値観に折り合いをつけて、整理するのは大事だと思います。急がなきゃいけない場面でも「冷静に考えると、ここはこうでは?」と提案することで、ブレイクスルーのきっかけにもなったりもしますし。

 

ーー ベンチャーだからこそ、整えることに価値が出やすいですよね。大企業はすでに整理整頓が済んでいることが多いので、そこにカオスを引き起こす業務改善や DX 推進という話になると突然カロリーが高くなってしまいますが、ベンチャーはそもそもがカオスなので、整理するだけで急激に改善されやすい。

現職のアプリの運用も、既に整理して伸ばすストーリーをお持ちのような気がします。

永田:EC では広告を配信して集客に成功したとしても、それがそのまま売上に直結しない、ということがままあります。私が現在メインで担当している「集客ブースター」と「サブスクPLUS」では Shopify に特化した広告運用のサポートを行っていますが、広告を広げていくために、広告以外のことに要因があるケースを常に想定しなければなりません。

 

業態にもよりますが、先方の集客プランに合わせて定期購買(サブスクリプション)という商品設計をご提案したり、他のサポートサービスをご紹介していくと、困ったときにご相談いただけるかもしれません。何なら自社製品にこだわらず「これをしたいのなら、こういう製品があります」と提案して、前職で知り合った人をつないだりもしますね。

 

自社サービスに限定せず、お客さまに対して「今どのような状況ですか?」というところを伺ってから、道を見つけ出してお手伝いするようにしています。

参考リンク

 

ーー パッケージの範囲で留めるのではなく、お客さまのコンディションに合わせた最善をご提案する……まさに「人」にフォーカスしたサービスですし、整理しているからこそ成せることだと思いました。

永田:手前味噌ではありますが、EC の中でも、弊社のアプリ「定期購買」で提供しているサブスクリプションは、これからの時代にもっと価値が出るサービスになると思っています。そのために考えることはたくさんあって、プロダクト設計、サービス設計はもちろんのこと、先ほどから申し上げている1社1社のマーチャントに合わせた向き合い方、良い売り方やお伝えの仕方を模索していくことも大切です……こういった挑戦できる場所があるのは、ワクワクしますね。

ーー これからのプロダクトの成長とともに、組織がどのように進化していくのかとても楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました!


編集後記

永田さんとはこのインタビューが「初めまして」だったのですが、にじみ出るお人柄と、ベンチャーに居ながらもどこか一歩引いた感じの冷静な視点をお持ちの話しぶりに、すっかり引き込まれてしまいました。

私はインタビュー時はいつも「場のインプロビゼーションを大事にしよう」という言い訳で想定質問を用意しないことが多いのですが(それだと怒られそうな場合はつくりますが)、永田さんとはお話しする前から共通点を勝手に感じており、その予感どおり、丸腰のまま話しはじめたにもかかわらず素敵なエピソードをたくさんお聞きできました。

組織の拡大フェーズでは、ミドルマネジメントがボトルネックにも成長のエンジンにもなり得ます。カオスを整理して、次のカオスへ向かう推進力を作るには、永田さんのような立ち止まって俯瞰的に整理して、人間として向き合ってくれる方の力が必要なはずです。

世の中は不確実性がますます高くなっていますが、だからこそ組織論やベンチャーでの生き方には多くのヒントが隠れています。少しでもご参考になれば幸いです!

 

参考リンク